小さなグランドピアノの物語

鉄瓶・錆び鉄

2018年09月15日 11:10

小さなグランドピアノの物語



街の中心にあるデパートの最上階にある首里の丘が見えるカウンターと、
ちょっと洒落たイスとテーブルの有る「毬」は軽食と夜は酒房になる。
ドアを手前に引き店に入ると目の前にヒンプンのようにピアノがある。
何気なく傍を通りテーブルに向かうとピアノとは気が付かないかも知れない、何故ならその上には器に入った生花や新聞、店で使うお盆や細々とした物、その下にも色々な道具ともつかない何かが置かれているからである。
カウンターに座り入口の方を振り向くと鍵盤の蓋が閉じられているのが分かり。
ようやくピアノであることが確認できる。
夜バータイムになると、それらはキチンと跡形もなく片付けられて、前屋根と大屋根を少し開けて誰かが鍵盤に触れるのを待っている。カウンターに座ると首里の丘が見える視界の広いガラス窓から夜の那覇の街を望む事が出来る。
それは、よく見る黒いピアノではなく木調の、それも相当の長い間店の中で置かれていたせいか落ち着いた深い色に変色しているせいかもしれない。
更にその側板に一筋の濃い茶色の筋がピアノを一周していることに気が付く。明らかこのピアノを包むように何かが立て付けがされていた跡に見える。
そう、このピアノは凡そ半世紀前前島に有った或るテナントビルの二階に有った「蠢」(うじむん)に収まっていたのである。このピアノを囲むように具えられていたのは、あまり奥行きの無いカウンターであった。
当時基地のクラブ等で演奏していたミュージシャンや演奏旅行で沖縄に来たミュージシャン・フォーク、ジャッズシンガー等様々な人種が出入りし、気が付けば朝までやっている事も多々あった。来店し演奏しそのあとの様々な事はこの際秘しておこう。復帰して間もない時期だったので巷は混沌として反戦とデモとウイスキーと煙と草の中にあった。
店が活気着くのは深夜0時を過ぎたころからだ。何処かのコンサートや仕事がはねたミュージシャンと取り巻きが押しかけ店は座る所も無く、交わされる声とピアノと時にはペットある時はサックス、シャウト加えてスティックに叩かれたスネアーとブラシの響きがさほど大きくない店に響き渡る。
店の床はジュータンが敷き詰められ、それも毛足の長いシャギージュータンである。いくら二階とはいえそのジュータンは多くの靴に踏まれ黒ずんでいるが、宴たけなわも過ぎると、そのジュータンの上に酔いつぶれている者が出現する。
那覇の古き良き時代のジャズバーに住んでいたこのピアノゆえあって閉店後、今の「毬」に居を移しその後も多彩なミュージシャンや弾き語りの演奏家など多くの音楽家とミュージシャンの指に小突かれ叩かれ撫でられ鍵盤はその皮脂で飴色に染まりかれこれ50年余。
初代の主人は豪快なママで何かあると近くに居て良くしてくれた友人である。多分これからも二代目の「毬」の主人にいたわられつつここに居続ける事でしょう。
私は時々思い出したように触りに行く。美味しいコーヒーを飲みに。

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