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2020年03月18日

ジャズを聴く時

ジャズを聴く時

ジャズを聴く時


村上春樹が書いたジャズに関わるエッセイを読んでいる、ジャズ喫茶をやっていたこの人の音楽に関する話は面白い、でも代表作などは読んだ事はない。そんな時部屋に流れている音楽はインターネットラジオが聞けるコンポで探したドイツのバッハのチャンネルを聞きながらが何時もの時間。本を読むときは何故かバロック的な音楽の方がよろしい。ジャズを聴きながら読むとついその演奏や音の行方に思考が持って行かれてしまうからだ。文体をかみしめながら読む時にその隙間を与えてしまい文脈が途切れるような気がしてしまう。ジャズだと体が反応するというかその気になってしまうのでバロックを聞きながらがいい。元々サロン的音楽が源の様だからかも知れない。何かの情報誌にドライブ中にジャズを聴く事は勧められないと書かれていた、運転に神経が集中しないらしい、何となく分かる気がする。しかし、何らかの数字や資料の整理、税務申告などをPCで打ち込む作業をする時は、手元のPCで作業をしながらネットでジャズ番組を聞くそれもニューヨークのチャンネルが良い、打ち込み中にデータの確認がリフの様にリズムに乗って出来るからだ。加えて時々米語でMCが入るがこれも音として聞こえてくるからである。かつて米国在住の叔父に新聞を読みながらニュースが理解出来たら英語も一人前と言われた事が有る。ましてハリウッド映画の字幕を読まずに会話を理解するなどは私にとっては、もってのほかである。ですから仕事の為の単なるPC操作時には音符の合間と隙間に打ち込みが出来るので軽いジャズを聴きながらでもいい。本気でジャズを聴くからには耳をそばだてるか、酒の肴に聞くかである。本気もウソ気も無いが・・・。
ジャズを聴く時


小説などは書かれている筋を想像したり、交わされる会話から人物の性格などを想像したりその場のシーンを思い描いたりしながら読むので私にとってはバッハがいい、読む事の邪魔にならないが読むリズムも創ってくれる。これが交響曲などになると本は読めない。やっぱり酒だ。若い時はいわゆるジャズ談議などしたことや生意気にディスクジョッキーと称してラジオ番組を持っていた事もあった。今になって思うによくもあんな理解や情報でやれたもんだと恥ずかしく思う。そのきっかけは当時新聞でジャズの事を書いていた渡嘉敷唯夫氏が与儀の琉米会館で定期的なジャズレコード鑑賞会を開いていた時、東京帰りの私は氏に生意気にも解説しているジャズはもう古い!今はモダンジャズだと訴えた事がラジオに出る事のきっかけとなった。氏が持っていたジャズ番組に出てみないかと、その気になって足かけ2年半以上ラジオ沖縄でやってしまった。でもそれは改めて歴史や時々のエピソード演奏家などを調べ勉強する事にもなった。そんな所で自分の音楽に関する関心の始まりは高校時代放送部に居た事ではないかと思う。屋上の小さな部屋に校内放送の為のアンプとテーブルにマイクが有るだけであったが、入部した時の一年先輩と気が合いその部室にアナウンスブースらしき小部屋を造り、局らしい雰囲気を出し、それまで学校の連絡事項程度の校内放送をほぼ毎日昼食時間に音楽とその解説や、各クラブ活動の報告等を始めた。学内に有ったレコードを選曲する時、多少なりとも事前に聞き簡単な解説文を用意し女子部員にライブでアナウンスした時代が有る。その頃ビートルズの出初めで個人の所有物を流したら即!校長室に有るリモコンマイクから怒鳴られ先輩の部長はしばらく静かにしていた。でも時にはメサイヤ全曲を音楽室で放課後鑑賞会をするなど学校らしいこともした。巷ではRBCラジオでアメリカントップフォーティーがほとんど時差なく放送されていた時代でしたので、校内放送も当然にかけていいと思い何度か叱られつつ洋楽をながしていた。この様な事がジャズを含め洋楽を聞き始める事につながったのではないかと思う。何の抵抗もなくアメリカを素直に特に西海岸を受け入れていた青春だった。
ジャズを聴く時


ジャズを聴く時


上京後新宿や四谷、新橋のジャズ喫茶に出入りするようになり夢中になった。多少東京にも慣れると勤めていた職場の関係もあり六本木周辺のライブハウスや実習先に近い横浜まで遠征した事もあった。新宿の「DIG」に行った時、まじめに会話も無しで唯々聞き入っている雰囲気に違和感を覚えた思いがある。歌声喫茶が盛んな時代である。ジャズとて音楽である、楽しむ事でそこにあるウイットや批判、訴えなどを聞き取りながら楽しむときに奏者の背景を知る事によって何を言わんとしているか等に聞き耳を立てて体で感じる事もある。時にはBGMとして酒席の場でも聞く。特に歌の場合その歌詞の歌い方で歌い手の訴えたいことや歌詞をどう解釈しているのかが解るような気がする。同じ歌詞でも歌い手によってまるっきり変化するような時もある。「奇妙な果実」のように時代背景を知らずしてビリーホリディーは聞けない。サッチモの「この素晴らしき世界」は時代なのかそのまま表題の解釈で歌っている昨今だが、サッチモが歌った時代は明らかにベトナム反戦の意をもって歌っている。その事に気が付かなければならない。
ジャズを聴く時


私はラジオ番組で年の暮れの曲は毎回この曲を選んだ。いつしかTVのCM曲で使われて、その意味が失われている気がする。でも歌は世に連れ、世は歌に連れ・・・・・。またとりとめもない事に成った。



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Posted by 鉄瓶・錆び鉄 at 09:35│Comments(0)ジャズの話
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